ikus.医療美容ケア研究会
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2006年8月頃(39才)から咳が出始める。最初は気管支喘息の診断
9月末、咳が酷くなり呼吸が苦しく病院へ
レントゲンを撮ると右肺が真っ白で水が貯まっていると言われそのまま大学病院へ

CT撮影で右卵巣に大きな腫瘍(20センチ程)が見つかる
胸水(肺の水)から、がん細胞検出で卵巣がんと診断され、

手術(子宮両卵巣卵管摘出)を受ける
手術後の病理検査で卵巣の腫瘍は境界悪性型と判明
胸水のがん細胞は、卵巣由来ではないとの判断から

消化器系のありとあらゆる検査を行うも何も見つからず・・・
診断書には、原発不明がんと書かれていた
その後、経過観察になるが、2007年1月、ホルモン補充療法前の乳がん検査で
左乳房に石灰化が見つかりMRI、マンモトーム生検の結果2月に左乳がんの告知
担当医の説明では、おそらく非浸潤がんで全摘すれば再発の確率はほとんどないと言われるが・・・
念のためセカンドオピニオンを受ける
範囲が、1/4に広がっているため、温存も出来るがかなりの変形が予想される
また、断端陽性だった場合には、追加手術で全摘になると言われた
結局、元の大学病院に戻り2007年5月に左乳房全摘出手術を受ける
センチネルリンパ節生検は術中診断により3つのうちすべてマイナス

その後、乳房再建について調べ始める当時の大学病院では、乳房再建は行っていなかったので、

別の病院で手術を受けられるところを探し、講演会などを聞き、自家組織再建を決意

主治医から、原発不明がんのことがあるので、1年は大きな手術はしないように言われていたので、

2008年になってから紹介状を書いてもらい、再建手術の病院に行く
当時は、インプラント再建は、保険適用外だったので、かなりの高額で、私は胸も大きめで
下垂してきていたので、自家組織での再建手術を選択した
自家組織再建でも、筋肉は使わない脂肪のみを移植する穿通枝皮弁法での手術を希望
横浜市大センター病院の佐武先生の執刀により2009年10月、

お腹の脂肪を使った穿通枝皮弁法での乳房再建手術を受ける。

手術時間は10時間手術翌朝の、先生のチェックで、繋いだ血管の血流音がおかしいと言われ、

血栓ができている可能性が疑われ再手術となる。

4時間の手術で事なきを得たが、1時間遅れていたら壊死していたでしょうと言われた。
2日間にわたる手術、その後の48時間のベッドでの拘束、入院は11日間
大変な思いをしましたが、今現在は、暖かく柔らかい胸のふくらみがあり、満足しています。

最初のがん告知から、半年で2回目のがん告知
1回目の告知の時、すごく落ち込んで、何がいけなかったのか、何か悪いことをしたのだろうか・・・
病院のベッドで1人、涙が止まらず・・・泣きながら夕飯を食べたことを今でも思い出します。
でも、落ち込んでいても病気は治らない!明るく前向きに病気をやっつけようと決意
最初の波(卵巣手術)を乗り越えたと思ったら、次の波(乳がん告知)
正直な話、2回目の乳がん告知の方が落ち込みました。
卵巣手術だけでも落ち込んだのに、この上胸も手術しないといけないのかと・・・
そんな時に助けてくれたのは、当時書いていたブログを通して知り合った

同じ病気の経験を持つがん友でした。
同じ病気を経験したからこそわかりあえることがあるんだと知りました。

同じ病気を経験している私にしか出来ないことがある!
そんな思いから、2013年より医療用ウィッグを患者様に製作する仕事を始め、

ネイリストの経験も生かし
化学療法の爪のトラブルで悩む方々へのアドバイスやセミナーなども行っています。

2016年秋に最初の告知から10年を迎えることが出来ました。
この10年、更年期障害に悩まされることや、

卵巣手術の後遺症の腸閉塞や胃痙攣に何度か見舞われるも
大きなトラブルはなく過ごしてこれました。
自分の病気の経験、医療用ウィッグなどでの患者サポートの実績を踏まえ、これから先は
ikus.医療美容ケア研究会の代表としても、社会貢献していけるよう頑張ってまいります!

高溝周子 1967年2月生まれ

atelire Frangipani 経営

ikus.医療美容ケア研究組合 代表